”ひとり浮いた存在”
そう、タイトルどおり、わたしはどこに行ってもひとり浮いた存在になってしまう。
例えば、
わたしを含めて3人の空間では、わたし以外の2人がこちらに見向きもせずに盛り上がりだし、その2人が並んで歩けば、わたしはその後をうつむいて歩き、背後霊と化す。
もっと大勢の場での雑談や会話中は、わたしの発言が見当違いだったり、変にすべったりしてその場を一瞬変な空気になるのを恐れて、なるべくあいづちだけで済ますようにしております。(過去にあったのがトラウマになった)
故に、その場でのわたしが発する言葉は基本、聞き手の大勢に混じって、
「へえ〜っっ!」 と、「あははははは」と、「ウケる〜っっ」
だけです。
そんで、心の中では全然、
「へえ〜っっ!」とも「あははははは」とも思っていない始末。
もちろんウケてません。
話し手とは、一瞬も目が合うことはないから。
笑顔もキープしてるので表情筋も疲れる。
みんなの中に入り込みたいのだけれど、疎外感がハンパない。
わたしがその場から退席しても、誰も気にもとめず、もといたわたしの空間は一瞬でうまってしまう。何事もなかったかのように。
初対面の人からも、なんだか ”この人は雑にあつかって良い存在” 認定されることがほとんどで、もちろん全員がそんな態度をとるわけではなく、けど優しい人は差しさわりのない態度をとって、それ以上は自分の中には入れてくれない。
いわゆる、大人の対応をしてくれる。
相手に認めて欲しければ、まずは自分から相手に興味を持つこと。
自分から話しかければ良い。
他人の気持ちを考える。
相手の良い部分を見つけるべきだ。
という理屈はわかっているつもり。
今までさんざんチャレンジしてきたつもり。
しかし、、結果ダメでした。
ひとり浮いた存在でも、笑顔だけはキープするようにしている。
だから、習慣で、他人と接するときは自然と笑顔にはなっている。
けれど、帰るときはほとんど心が泣いている状態。
だからこそ、家族や、わたしと心から話をしてくれる人には本当に感謝している。
その人たちの前では、わたしも心からの笑顔を向けることができるし、表情筋も疲れない。
わたしのこれからの目標は、適材適所で暮らしていくこと。
もちろんこれからも人との関わりは努力していくつもりだ。
けれど、自分自身を卑下するように感じるほどがんばるつもりはもうない。
思いやりと感謝の心を持っていれば、わたしに本当に必要な人だけが集まってくれると信じている。
こんなんを、”気にしい” だけで片付けないでほしい。
たぶん、あなたの周りにも、こんなんで傷つきながら生きている人はたくさんいるかもしれない。
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